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「いろはにほへと」なら知っている。では、この歌を作ったのは誰? そこで「弘法大師、つまり空海」と聞いたことがある人もいるかもしれません。
でも、**空海作という伝承を、そのまま作者が確定した事実として書くのは避けたい**ところです。国立国会図書館のレファレンス協同データベースにある松山市立中央図書館の回答は、国語学の事典などを調べ、空海作者説が否定されていることを説明しています。
じゃあ、歌の面白さまでなくなってしまうのか。そこは、もう少し見てみようよ。
47文字を一度ずつ使う仕組み。昔の言葉の音。そして、小さな皿へ書かれた、順番を間違えた文字。作者の名前を急いで埋めなくても、見えてくるものがあるんです。今回は図書館の調査回答と、京都市の考古資料の解説、関連書の出版社情報を分けて読みます。現地見学や書籍全巻の読了記ではありません。
「空海作と伝わる」と「空海が作った」は、資料では分けて読もう
いろは歌を言葉の歴史から読みたい人には、小松英雄『いろはうた 日本語史へのいざない』を楽天で確認するという選択肢があります。空海の伝記ではなく、いろは歌や日本語表記を扱う本です。本文全体を読んだ評価ではなく、出版社の書誌と目次を確認した案内です。
まず、二つの文を並べてみよう。
– いろは歌は、空海が作ったと伝えられてきた。
– いろは歌を作った人は、空海である。
似ているけれど、後者は作者を確定しています。伝承を紹介する文を読んで、次のメモで確定した作者名へ変えてしまうと、資料が言っている範囲を越えてしまうんです。
松山市立中央図書館が2008年に公開した調査回答は、『国語学大辞典』『国語学研究事典』などを参照しています。回答では、歌の形式が盛んになった時代と空海の時代のずれ、当時の音の区別などから、空海作という見方が否定されることを説明しています。
この調査回答を、国立国会図書館自身が新しく行った研究として紹介しないことも大事です。国立国会図書館が提供するデータベースに、松山市立中央図書館の調査事例が載っている。誰が、いつ、どの資料を見た回答なのか、そこまで分けて読みます。
「有名なお坊さんなら、言葉や文字にも詳しそう」と想像することと、その歌を書いた証拠があることは別の段階です。空海のほかの仕事を知っていても、それだけでこの歌の作者を決められるわけではありません。
かといって、空海作という伝承に出会うたび、相手へ強く訂正するための話でもないよ。「そう伝わっているけれど、作者の研究ではどう考えられているんだろう」と、資料へ戻る入口にできます。
ノートを取るなら、作者の欄へ空海とだけ書く代わりに、「空海作との伝承あり。図書館の調査回答では否定する説明」と残しておこう。読み進める間に、伝承と研究の結果が一つの情報に混ざりにくくなります。
ここでは、別の誰かを新しい正解として当てることもしません。空海作とはしないことと、ほかの作者が確定することは、違う問いです。「空海じゃないなら誰?」と気になったら、その問いを残したまま次の資料へ進んで大丈夫。空欄を急いで有名人の名前で埋めなくても、調べる話は先へ進みます。
47文字の歌は、昔の音を考える手がかりにもなる
文字や音からいろは歌を見たい人は、『いろはうた』講談社学術文庫の取扱いを楽天で見る。出版社の目次には、歌の輪郭や古い姿、ほかの誦文、日本語の表記を扱う章が並んでいます。
京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館の2013年の解説は、いろは歌を、仮名47文字を一度ずつ使い、七五調の今様形式で作った歌として説明しています。同じ文字を重ねずに、意味を持つ歌の形にする。あらためて考えると、かなり凝った作りだね。
ただ、ここで今の文字の一覧だけを広げて、昔の音もすべて同じだったと思わないようにしたいんです。文字の並びを覚える楽しさに加えて、いつの時代にどの音を区別したのか、という問いが出てきます。
松山市立中央図書館の回答が挙げているのが、ア行のエとヤ行のエの区別です。参照した事典の説明として、空海の時代にはその区別があり、いろは歌にはその区別がないことが、空海作者説を否定する理由に挙げられています。
「エ」という一文字だけを見ると同じに見えるのに、歴史を調べると音の区別が問題になる。文字って、見た形だけで全部分かったつもりになれないんだね。
この記事では、古い音をこちらで再現したり、現代のカタカナで正確な発音を示したりはしません。日本語史の音の変化は、時代や地域、史料の読み方を含む専門的な話です。まずは、作者を考える材料に、文字や音の歴史も使われているとつかめれば十分です。
同じ2013年の考古資料の解説は、いろは歌の成立を10世紀末から11世紀中頃と考える説明をしています。また、1079年の『金光明最勝王経音義』に、経典の発音に使う仮名の一覧として、万葉仮名のいろは歌が記されると紹介しています。
ここも、歌が記されている資料の年代と、歌そのものを最初に作った年を一緒にしないでね。1079年の記録を見て、作者がその年に初めて作ったとまでは言えません。ある時点の資料に残っていることと、成立の時期を推定することは、別々に確かめる必要があります。
資料の名前は長いので、初めから全部覚えようとしなくて大丈夫。「経典の言葉の発音を調べる資料にも、いろは歌が使われていた」と一行書いておこう。単に歌として口ずさむ以外の使われ方が見えると、47文字という仕組みの面白さが広がります。
「最古」という見出しにも、何が最古なのかを見る癖を付けたいところです。文献に載る歌なのか、考古資料に書かれた平仮名なのか、全文が分かるものなのか。2013年の解説が使う分類と、その時点の評価を、現在のあらゆる資料の順位として広げずに読みます。
小皿の「れ」と「そ」が入れ替わっていた。歌の作者と、書いた人は別だよ
手習いの資料をきっかけに、いろは歌の古い姿へ進みたい人は、関連する日本語史の本『いろはうた』を楽天で確認する。ただし、この本の刊行は後述のとおり考古資料の2013年の再調査より前で、その成果を収録していると紹介するものではありません。
今回、歌の名前と並べて見たいのが、京都の堀河院跡から出た土器です。2013年10月の『リーフレット京都』No.297に、いろは歌を墨で書いた小皿が紹介されています。
この小皿、発掘したのは1983年。歌が書かれていると分かったのは、30年後の2013年に資料を再調査したときでした。
え、掘り出した瞬間に、全部の意味が分かっていたわけじゃないんだ!
解説によると、小皿は口径9.0cm、高さ1.5cmの土師器で、裏面全体に仮名の歌が書かれています。土器の型式から、12世紀末から13世紀初頭のものとみられ、木枠の井戸から出土しています。
年代を三つに分けると、話が追いやすくなります。
| 何の時期か | 解説で確認できる内容 |
|---|---|
| 土器の時期の見積り | 12世紀末〜13世紀初頭 |
| 発掘調査 | 1983年 |
| 資料を再調査して歌の墨書を確認 | 2013年 |
2013年を歌の成立年にすることも、1983年を文字を書いた年にすることもありません。古い物について調べるとき、「何が起きた年?」を付けると、数字がただの暗記にならずに済みます。
面白いのは、文字の並びの観察です。解説は、初めは余裕を持って書き始めたものの、だんだん場所が狭くなり、最後の行は右側の余白へ戻って書かれていると説明しています。さらに、「れ」と「そ」の順序を間違えていると指摘しています。
資料を前にすると、きれいに整えた歌の本文とは違う、書く人の手の動きが見えてくるね。どこに書き始め、どこで場所が足りなくなったのか。文字の上手さだけを採点するより、配置の変化を追うという見方ができます。
解説は、「を」と「わ」の間に空間を取るなど、歌の句切れを意識した改行や字間も挙げています。47文字を同じ幅で機械的に並べた一覧を見るのと、歌の区切りを考えて書いた物を見るのでは、気付くところも変わるんだね。公開PDFには土器の写真、文字を写し取ったトレース図、文字配列図、釈文が並んでいるので、まず配置を図で見てから、説明文へ戻る読み方ができます。欠けた部分もあるため、写真の線を全部読めたつもりにならず、解説がどこを判断の材料にしているかを追ってみよう。
解説は、筆跡や文字の順序の間違いから、初心者の筆と考え、字を習い始めた子供の手習いだった可能性を示しています。ただし、子供だったことが名札や本人の記録で確定したという説明ではありません。観察された特徴を根拠とする推測として紹介されています。
ここでいう「書いた人」は、皿へ歌を書いた人です。いろは歌そのものを作った人のことではありません。歌を書き写すことと、歌を創作することを区別しないと、この小皿から作者が分かったような話になってしまいます。
名前や年齢、なぜ皿を選んだのかまでは、勝手に埋めないでおこう。「練習して先生に怒られた」「余白がなくて慌てた」といった会話や気持ちも、資料から確認できません。分かるのは配置や文字の状態、そして研究者がどう考えたかという範囲です。
この一枚を眺めるだけでも、歌は完成した作品としてだけでなく、文字を学ぶ場面でも使われたと考えられる。その広がりが見えてきます。作者を一人に決める話から、昔の人がどう文字に触れたかという話へ、興味を進められるんです。
読む本は「空海の伝記」と「日本語史」を分けて選ぼう
今回案内しているのは、小松英雄『いろはうた 日本語史へのいざない』講談社学術文庫版を楽天で見る。紙の文庫を探すならISBNは**9784062919418**です。
講談社の書誌によると、著者は小松英雄、紙の文庫の発売は2009年3月。初めに刊行されたのは1979年の中央公論社版で、出版社のページには電子版の情報も別に載っています。
楽天の検索結果にも、中公新書の中古本、講談社学術文庫、電子書籍などが並ぶことがあります。同じ題名だからと形式や版を飛ばさず、著者・出版社・ISBNを見てください。この記事では、各版の本文が一字一句同じだと確認したわけではありません。
出版社の目次は、第1章が「以呂波の輪郭」、第2章が「以呂波の古い姿」。その後に、ほかの誦文に関する問題や、『色葉字類抄』、藤原定家、仮名づかいの歴史へ進む章が並んでいます。
章名を見ると、空海の生涯を順番に説明する伝記というより、日本語の表記の歴史へ進む本だと分かります。空海について知りたくて検索を始めた人でも、今の疑問が「いろは歌の文字や音はどうできた?」へ移っているなら、こうした方向の本が候補になります。
反対に、遣唐使の旅や寺院での活動を読みたいなら、空海の伝記や歴史資料を別に選ぶほうが目的に合います。いろは歌の本を一冊読めば空海のすべてが分かる、という薦め方にはしません。
今回確認したのは、出版社の紹介・目次・書誌です。全章を読んだ感想や、著者がどのページで何を証明したかは紹介していません。また、2009年の文庫へ2013年の小皿の再調査成果をさかのぼって載せたような書き方もしません。新しい発見は、新しい資料の解説で別に読みます。
では、今どこから読めばいい?
作者の伝承が気になったなら、まず松山市立中央図書館の調査回答。そのあとで、なぜ音の区別が年代を考える材料になるのか気になれば、日本語史の本へ。昔の手習いの場面に引かれたなら、京都の解説の写真・トレース図・文章を合わせて見る。この順番なら、読みたい疑問が次の資料を選んでくれます。
ノートには「資料で観察されたこと」「そこからの推測」「まだ分からないこと」の三つを短く書く方法もあります。小皿なら、文字の順序が入れ替わっていること、初心者や子供の手習いと考えること、書いた人の名前は分からないこと。その三つを別の行にしてみよう。
この区別ができると、伝承を楽しみながら、確かめたことも大事にできます。「空海が作った歌」と一行で片付けていたところから、音の歴史や文字の練習へ、話がこんなに広がるんだね。
いろはにほへと。知っている書き出しを見たら、今日は作者名だけでなく、その文字がどこへ、どう書かれているかも見てみて。小さな皿の余白まで、次に読んでみたい問いになってくれるよ。
出典:松山市立中央図書館の調査回答(レファレンス協同データベース)、京都市埋蔵文化財研究所・京都市考古資料館『リーフレット京都』No.297「堀河院跡出土のいろは歌」PDF、講談社『いろはうた 日本語史へのいざない』。図書館回答は2008年、考古資料の解説は2013年の公表資料です。